« 2009年10月 | トップページ | 2009年12月 »

2009/11/26(木)一方通行な思い

約一ヶ月お休みしていましたが、今夜プールに行って感じたことが今年の泳ぎでの総括的なものになりそうなので、そのことを書いてみたいと思います。

前にも書いたことがありますが、私の行っているプールは12月から3月までの冬季間閉鎖になってしまうのですが、いろいろな都合で私にとっては今日が最後の日でした。

今シーズンの締めという思いがありましたので、いつもよりもより多くのことを得られるかと思い、全身での感覚を大切にして泳いでみたのですが、わかったことがあります。

実は今夜、同じプールの中でこのセンター主催の講習会が開かれていて、何人かの生徒さんが先生に泳ぎを教わっていました。今夜はバタフライを練習していました。バタフライは泳ぐのも少し難しいですし、一番疲れる泳ぎです。

生徒さんたちもがんばって、かなりいい感じで泳いではいるのですが、呼吸をしようとする時に無理があったり、ドルフィンキックというバタフライ独特の泳ぎ方を意識しすぎるあまり、無駄な力が入ってしまって苦しい泳ぎになってしまうようでした。

自分の思うような良い泳ぎをしようとするあまりに、どんどんと自分の力で水に働きかけていく。速く泳ごうと思うと、ことさらにがんばって手足を動かすことになります。確かに泳ぐときは流れるプールでもない限り、自分の力を水に伝えていかないと進んでいくことは出来ません。

ただ、水からの反応というのか、そういうものをあまり意識することなく、ただやみくもに泳いでも疲れるだけで、上手く泳ぎたいとか、速く泳ぎたいとかの思いが一方通行になっているように感じました。

私が泳いでいる時に考えていることは、腕をかく時に手のひらでしっかりと水を捉えている感じがあるか、それを感じたままで腕を動かすことにより、どのくらいの推力になっているのか。キックの時に足にどのくらい手ごたえがあるのか。そして泳いでいる時に体に感じる水の流れによって、どのくらい効率良く力が水に伝わっているのか、同時に無駄な抵抗が生じていないか。

言葉にすると何か難しいことばっかり考えて泳いでいるようですが、実際は全身を通して水との対話を楽しむような感じなのです。そして、体の回りの水の流れがスムーズだととても泳いでいて気持ちが良いのです。

体力的にも技術的にも厳しいバタフライにしても、自分の体をこう動かそうと考えて泳ぐよりも水の反応を感じ取りながら泳ぐと、意外とスムーズに泳げてしまいます。もちろん基本的な泳ぎ方は習得している必要はありますが、それを磨き上げていく段階では水との会話が大切と私は思います。

もう何年もフィーリングスキーという体験をしてきたことにより、泳ぐときや自転車に乗るときでも、スキーで雪の中を滑る時と、運動自体は全く違うものながら、同じような思いで楽しんでいる自分がいます。

今年はどのくらい滑れるのかわかりませんが、実りのあるシーズンになればと願っています。

| コメント (0)

« 2009年10月 | トップページ | 2009年12月 »